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東日本大震災から15年。家族で被災地を訪れて感じたこと:宮城県気仙沼市

陸前高田を後にして、次に向かったのは宮城県気仙沼市です。ここから少しずつ南下しながら、仙台へ戻っていきます。

■陸前高田編はこちら

陸前高田では、広大な土地や復興のまちづくり、「くしの歯作戦」などを通して、震災の被害だけではなく、そこから立ち上がっていった人たちの姿を知ることができました。

次に訪れた気仙沼では、また少し違った角度から、東日本大震災について考えることになりました。

【1】 ② 気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館

気仙沼で訪れたのは、「気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館」です。

ここには、震災当時、実際に津波の被害を受けた「気仙沼向洋高校」の校舎が、震災遺構として保存されています。陸前高田では、更地になった広大な土地を見ることで、津波の被害の大きさを感じました。

一方、ここでは、「実際に津波に襲われた建物が、そのままの形で残されている」ということで、また違った形で、震災の恐ろしさを感じることになりました。

特に印象に残ったのは、建物の中に残されていた、当時のままの教室や校舎の様子です。

これは、ここだけでなく、旅そのものの良さでもあるのですが、現地でしか感じることのできない「におい」を体感できました。この場所は、写真や映像ではなく、「実際に津波がここまで来た」という痕跡が、その場所に残っています。

熊本にも、同じように被災した大学を見学できるところがあるので、同じような感じで、外から見れるのかなと思っていたら、行ってみてびっくり、実際に、「校舎内を歩いて見学することができる」場所でした。

【2】現地でしか感じることのできない”におい”

気仙沼市の伝承館は、大きく3つのゾーンに分かれています。

詳しい展示内容はこちらから。 
https://www.kesennuma-memorial.jp/about/#a03

まずは、映像・展示ゾーンで、映像シアターを見ました。13分ほどの映像でしたが、この場所で何が起こったのかを理解するには十分な内容でした。

今、自分たちが立っているこの校舎を埋め尽くすほどの津波が押し寄せ、一瞬にして、周囲のものをすべて押し流していった…という、当時の状況を、映像を通して具体的にイメージすることができました。

映像を見終えた後は、震災遺構として保存されている校舎を、1階から順番に見学しました。そこには、津波によって大きく破壊された校舎が、当時の状態を残したまま保存されています。

3階には、津波によって流されてきた車が、教室の中にそのまま残されていました。

そして、4階。ここは「津波到達点」とされている場所です。

教室の床から約15cmほどの高さまで、津波が到達した痕跡が残されています。他の階とは違い、窓ガラスも破壊されず、当時の状態が残っていました。

そのためなのか、部屋の中には、どこか水に濡れたような、「独特のにおい」が残っていました。この「におい」というのは、写真や映像では決して伝わりません。現地に実際に立ったからこそ感じることのできた、情報の一つでした。

【3】想像を超える津波の被害

そして、屋上へ。

そこには、震災当時の写真も展示されており、目の前まで津波が迫ってきた様子を、現在の景色と重ね合わせながら見ることができます。

その写真を見ながら、「もし、津波が屋上の高さまで来ていたら……」と考えると、言葉が出ませんでした。

この学校の周囲には高台があります。しかし、そこまでの距離は決して近くありません。

津波警報が発令されたとき、「すぐに逃げなければならない」ということを、この場所に立って初めて、現実のこととして感じることができました。

津波は、映像の中で見るものでも、過去の出来事として知識だけで知るものでもなく、実際にその場所に立ってみると、「ここで、本当に起きたことなんだ」という感覚が、少しずつ自分の中に入ってきました。

今度は校舎の外側から、校舎やその周辺に残された被害の痕跡を見て回りました。

そこで、特に驚いたのが、校舎と校舎の間に、「引き波」によって流されてきた住宅が、そのまま挟まっていたことです。その事実を目の前にすると、当時の津波がどれほどの高さと勢いを持っていたのか、想像せずにはいられませんでした。

そして、校舎見学の最後には、震災前の学校生活の写真が掲示されていました。そこに写っていたのは、僕たちがどこにでも見ることのできる、ごく普通の学校の日常です。

友達と笑ったり、教室で過ごしたり、学校行事を楽しんだり…。この場所には、ほんの少し前まで、そんな普通の毎日を過ごしていた学生たちがいた…。

そう考えると、ここで起きたことが、より現実のものとして感じられました。

【4】卒業式での答辞

そして最後に、もう一度、伝承館へ戻りました。

映像・展示ゾーンでは、被災された方々が、当時どのような思いで過ごしていたのかを伝える映像を見ることができます。

その中で、僕の心に特に残ったのが、震災から10日遅れて行われた、「階上中学校の卒業式の映像」でした。

卒業式は、避難所となっていた中学校の体育館で行われていました。そこには卒業生や保護者だけではなく、地域の被災者の方々も参列していました。

その中で、卒業生代表の生徒が答辞を読んでいました。

自分自身も被災し、決して平穏とは言えない状況の中、涙をこらえながら、それでも前を向いて、自分の言葉で答辞を読む姿が映し出されていました。

その姿から感じたのは、震災の恐ろしさだけではありませんでした。

どれだけ大きな困難に直面しても、それでも前を向いて生きていこうとする、人間の強さ。

そういったものを感じました。

映像を見ながら、僕自身も考えました。

「もし、自分がこの学生と同じ立場だったら、こんなに堂々と自分の気持ちを伝えることができるだろうか?」

「この状況を受け入れて、前に進もうとすることができるだろうか?」

正直、分かりません。

しかし、その学生の姿と言葉には、人の心を動かすものがありました。

そして何より、実際に自分の目で震災の被害を見てきた後に、この映像を見たことが大きかったと思います。

先ほどまで見ていた、津波によって破壊された校舎や流されてきた住宅。そして、震災前の何気ない学校生活の写真。

それらを見た上で、この卒業生の言葉を聞くからこそ、その言葉がより深く、自分の中に入ってきたのだと思います。

そして、もう一つ、今回の訪問で強く感じたことがあります。

この地域では、震災以前から防災教育がしっかりと行われていたそうです。それでも、実際には大きな被害を受けました。

そして僕自身も、先日の熊本地震の際、目の前のことに精一杯になり、「避難」という行動すら頭に浮かびませんでした。

この二つを重ね合わせたとき、「災害が起きたら、どうするのか?」を、普段から考えておくことの重要性を改めて感じました。

災害が起きてから考えるのではなく、

どこへ逃げるのか。

誰と連絡を取るのか。

家族とはどう動くのか。

そのとき、自分は何をするのか。

そうしたことを、平時から知識として学び、繰り返しシミュレーションしておくことが、いざという時に「動ける自分」をつくるためには、必要不可欠なのだと思いました。

今回、気仙沼を訪れて、震災の恐ろしさだけではなく、人の強さ、そして、備えることの大切さを学ぶことができました。

【5】美味しいグルメ

最後に、気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館を訪れた際に、ぜひ立ち寄ってほしいお店をご紹介します。

伝承館の近くにある、「海鮮屋 はじかみ」

ここでいただいた「磯ラーメン」が、本当に美味しかったです。

特に印象に残ったのが、スープ。海の旨味がしっかりと感じられて、家族全員でスープを飲み干してしまいました笑。

そして、定食についてきた味噌汁も驚きました。

「こんなに出汁の効いた味噌汁、今まで飲んだことがあったかな?」と思うくらい、しっかりとした旨味がありました。

陸前高田では「はらこ飯」をいただき、そして、気仙沼では「磯ラーメン」をいただく。

今回の旅を通して、震災や防災について学ぶだけではなく、この土地で暮らす人たちが、豊かな海の恵みを受けながら生活してきたことも感じることができました。

震災によって大きな被害を受けた場所だからこそ、その土地に今も残る自然の恵みや、地域の食文化にもぜひ触れてみてほしいと思います。

被災地を訪れた際には、ぜひその土地ならではの「美味しいもの」も楽しんでみてください。

次は、③南三陸311メモリアル/防災対策庁舎(宮城県南三陸町)について記載します。

文責:3児の父 多良 耕太郎