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子どもに熊本地震を伝える|3児の親が阿蘇の現場に連れて行ってみた

「熊本地震から7年か…」

地震が起こった時は、沖縄に住んでいた3人の子がいるタラさんち。熊本にじいちゃん・ばあちゃんちがあるものの、当時は1歳と0歳だったので、ほぼ記憶がないタラ姉妹。そんな子ども達を連れて、旧東海大学阿蘇キャンパス(地表地震断層、1号館建物)に行き、子ども達がどう感じたのか?を書き記しておこうと思います。

【1】熊本地震とは?

熊本地震は2016年4月14日と16日、連続して震度7の揺れが熊本県益城町を襲い、県内で20万棟近い住宅が被災するなど大きな被害を出しました。観測史上初めて同一地域で28時間のうちに2度の震度7を記録した地震です。

熊本県内では災害関連死を含めて270人以上が亡くなっています。最初の揺れに誘発された16日未明の揺れの方が規模が大きく、「本震」に対し「前震」という言葉が社会的に認知された地震でもありました。余震の多さも特徴で、震度1以上の揺れを半年間で約4000回記録しています。

熊本城では天守閣の瓦が落下し、石垣や櫓(やぐら)が崩れました。南阿蘇村では阿蘇大橋が崩落しました。

国内で震度7を観測した地震は過去5回あります。1995年の阪神大震災、2004年の新潟県中越地震、2011年の東日本大震災、そして熊本地震の2回です。

参照:熊本日日新聞

【2】震災当時の想いは?

震災当時、タラさんちは沖縄に住んでいました。熊本は私、タラマイの実家がある場所。家に亀裂が入り、余震も多かったので、私の父と母は車の中で寝泊まりをし、外でご飯を食べるという生活をしていました。
すぐにでも駆けつけたかったのですが、当時長女が1歳11ヶ月、次女が4ヶ月の我が家。行ったところで、余計に負担がかかってしまう状況なので、熊本に行きたい!という気持ちをグッとこらえ、沖縄から救援物資を送る活動をしたりしていました。親の私にとっては、鮮烈な印象がある熊本地震。しかし、当時幼かった子ども達にとっては記憶がないんですよね。

【3】旧東海大学阿蘇キャンパスでの子ども達の様子

 
熊本地震についての記憶がない子ども達を連れて、震災の爪痕が残る、旧東海大学阿蘇キャンパスに行ってきました。そこには、大人の私達が見ても、すごい…と息を呑む震災の爪痕でした。
コンクリートは隆起し、窓のフレームがぐしゃりとなり、階段がくずれ落ちている場所も。

 

さらに、地震の影響で断層が地面に浮き上がっている場所があり、地震による地面のずれが見える化されていました。
子ども達なりに、地震って怖いね…すごいね…。とジッと壊れた建物を見ていました。

【4】机の上で学ぶより濃い体験

長女は現在小学校2年生、次女が小学校1年生になり、おそらく今後小学校で熊本地震の事について学ぶかもしれない。実際に目の前で見た彼女達の学びは、机の上でしか学ばない子よりも学びが深いと思う。
目の前に震災で崩れた建物があり、何でこうなったの?地震って何なの?とその時に浮かんでくる疑問は、リアルな学びだと思う。だからこそ、私たち夫婦は、体験というものを子ども達にプレゼントしたいと思うんだと思う。

最後に:

今回は、旧東海大学阿蘇キャンパス(地表地震断層、1号館建物)に3人の子ども達を連れていき、子ども達がどう感じたのか?そして、体験させることの重要性を再確認したという事について書きました。
ぜひ、熊本にお越しの際は、この場所に行ってほしいなと思います。ちなみに、隣には、復興のあかしとしてワンピースのロビン像もあります。そして、夏には震災ミュージアムもできる予定です。
ぜひ、熊本にも足を運び、子ども達に良き学びをさせてあげてください。
タラ夫婦
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熊本県熊本市北区武蔵ヶ丘で、夫婦で活動しているタラコウタロウ・タラマイです。
子育て世代を笑顔に!をコンセプトに、自分たちができることから挑戦しています!

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